天気雨

  L'Écume des jours

桜並木

「もう、傷つきたくないの」

そう言いながら彼女の瞳は少しだけ迷っているようだった。傷つくのは辛い。でも本当に辛いのは、傷つくに至る事象ではなく、何かを諦めることによって決定づけられる自身の未来の姿なのかも知れない。

本当は怖いのだ、すごく。私たちは怖がりだ。そう、いつだって不安で不安でしかたない。

「今年の桜も終わりだね。でも、また来年も咲くんだよね。次の年も、またその次の年も」

彼女は、はらはらと散りゆく桜の木の下で立ち止まり、目尻を下げ柔和に儚げに笑う。そうして、かすかに揺れる春の空気を、私たちはゆっくり確かめるようにして吸いこむ。静かに。それぞれに。